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平岡塾という英語塾 – 親として、一卒業生として思うこと

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昔の中学受験のことについて書いたので、懐かしい話ついでに、私が高校生のときに通っていた平岡塾についても書いてみます。「平岡に通っていた」というと、感想を求められることが多いのです。

平岡塾は、渋谷にある英語塾です。私が通っていたのは25年程前。かつては、東京・神奈川エリアの一部の私立中高に通う学生にのみ知られた塾でした。在塾中だったか、卒塾後だったか、同じような位置づけの数学塾だったSEGと平岡が”知る人ぞ知る塾”として週刊誌に取り上げられたことがあったのを記憶しています。

当時は、生徒の多くが中学生のときから通っていて、私のように高1の終わりに入塾するというのは少数派だったはずです。その頃、私は英語が好きで、得意科目にしていたものの、独学に限界を感じ始めていて、知り合いを通じて紹介してもらったのが平岡塾でした。

行きがけにコンビニでおやつや夕食を買いこみ、カーペットの上に座卓がいくつも並べられた教室に座り込んで、3、4時間ほど、飲み食いしつつ受ける授業というのは、相当に独特なものでした。授業の大半は、日本人の先生が進めますが、途中でネイティブの先生が教室に入ってきて、ディクテーションの時間があります。通い始めた当初、リスニングが大の苦手だった私には、まさに恐怖の時間でした。仲良くしていた、帰国子女の子達にいつも助けてもらっていました。女子が多いクラスで、とても賑やかでしたね。通うのが楽しみでした。

文法もしっかり学ばせる塾でしたが、文法にはオックスフォードやコリンズ・コウビルドなど英国の教材を使っていて、叩き込まれた英文は非常に良質なものでした。また、英文の一語一語まで徹底的に分解して、その構造を理解する精読は、私の英語の理解を数段引き上げてくれるものでした。面白いもので、日本語に対する理解も深まったように思います。

その内容は、大学入試にも役立つものであったけれど、大学入試だけにしか役立たないものではなくて、まさに本物の英語力の土台となるものでした。これ以降、私は、よりコミュニケーションに重点を置いた英語の習得に軸足を移していくことになったのですが、この土台部分は、英語経験が長くとも自然に培われるものではないため、訓練で叩き込んでおいて本当に良かったと思っています。

宿題はともかく大量。そのうえ、中学から通っていた子達にとっては何度か繰り返し学習している内容もあったものの、全て初見の私には相当にハードなものでした。ただ、あの頃の私は、英語が好きで、理解が深まっていくことが嬉しくて、夢中になって取り組んでいたように思います。とにかく、英語に浸りたくて、勉強を離れても、ペーパーバックの推理小説などを読み漁っていました。

高3クラスのスタート前にレベル分けのテストがあり、以降はレベル別のクラス編成となったのですが、私はたまたま最上位クラス(SSクラスは1クラスでした)に振り分けされました。高2までの賑やかなクラスと異なり、このクラスは少し緊張感のあるクラスだったように記憶しています。確か、女子は7、8人しかいなかったはずですが、私以外は、皆、東大志望の御三家の子達。当時、桜蔭生達から聞いた「卒業式と東大の合格発表が同じ日だから、卒業式で泣くのは、友達や先生との別れがさみしいからでなくて、東大に落ちたとき」という話は、衝撃でしたね。自分の学校とのカラーの違いに愕然としました。

お陰様で、私自身も第一志望の大学に合格し、その後のキャリアにおいても、平岡で培った力に助けられています。

そんな話をすると、大抵、娘(現在、中1)を通わせようと思わないのか?と聞かれるのですが、それは無いんですよね。理由は単純で、まだ娘が英語好きになっていないからです。

英語にはそれなりに興味をもっているようですが、英語が好きで、自ら学びたい、というところまではまだまだ。経験者だけに、あの量は、意志がないとこなせないと断言できます。語学の習得には、どこかのタイミングで「大量にふれる、こなす」フェーズが不可欠ですが、はじめからそうである必要はないと思います。

ところで、平岡に入ってすぐに買うように言われたのが、ジーニアスの英和辞典。当時、ジーニアスはそれほど有名な辞書ではなかったのですが、その後、電子辞書にも入るメジャーどころになりましたね。アプリは、娘のiPhoneにも入れてあります。

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